転移行動(Re-directional behavior)
- 不安・葛藤、フラストレーションなどから自己を守ろうとして働くさまざまな心の仕組み
- 転移行動として示される行為は直接的に関連のないものとなり判断が難しい
はじめに:見落とされがちな”もう一つのサイン”
犬のボディランゲージの中でも、わかりやすいものとして知られる「あくび」や「顔をそらす」などのカーミングシグナル。
しかし、なかには一見すると“関係のない行動”に見えるものが存在します。
そのひとつが「転移行動」(re-directional behavior)です。
これは犬が不安や葛藤、フラストレーションなどの精神的ストレスを感じたとき、それを直接的に表現するのではなく、まったく関係のない行動にすり替えて自分を落ち着かせようとする心の防衛メカニズムです。
カーミングシグナルとは?
犬は人間のように言葉を使って意思疎通をすることができません。
しかし、彼らは体の動きや姿勢、視線、仕草を使って相手に感情や意図を伝える能力に長けています。
なかでも「カーミングシグナル」(calming signals)は、緊張を緩和し、相手との衝突を回避するための“平和のサイン”として知られています。
ノルウェーのドッグトレーナー、トゥーリッド・ルガース氏によって提唱されたこの概念は、犬の行動学において非常に重要な役割を果たしています。
「転移行動」とは何か?
転移行動とは犬がある対象に向けて感じた感情や衝動を、別の対象や行動に向け直すことをいいます。
たとえば、目の前の犬に対して怒りや不安を感じたとき、直接相手に向かって吠えたり攻撃する代わりに、ほかの犬や人に対して攻撃をすることがあります。
または、自分の体をなめる、急に地面の匂いを嗅ぐ、木の枝をかじるなどの別の行動として表現することもあります。
こうした行動は一見、状況とは関係がないように見えるため、初心者の飼い主には「ただ気まぐれに動いている」と捉えられがちです。
しかし実際には、犬の心のバランスを保つための大切な自己防衛の仕組みなのです。
この転移行動は、他のカーミングシグナルと比べても使用頻度が非常に高いといわれています。
というのも、犬は日常生活の中でさまざまな刺激にさらされており、そのたびに葛藤や不安を感じることがあるからです。
犬にとっては「見知らぬ人が近づいてくる」「飼い主の声が急に強くなった」「他の犬と目が合った」など、些細な出来事でもストレスになります。
そんなとき、直接的に反応するのではなく、無害な行動に置き換えることで自分を守ろうとするのです。
転移行動の具体例
具体的な転移行動の例をいくつか挙げてみましょう。
急に地面の匂いをかぐ
他の犬とすれ違う直前、緊張感から急に地面に鼻をつけて匂いをかぎ始める。
これは相手に敵意がないことを伝えると同時に、自分を落ち着けるための行動です。
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Sniffing the ground知らない場所や犬同士出会ったときにする行動 不安や興奮を抑え自分を落ち着かせようとしているシグナル使用頻度★★★★★ カーミング・シグナルとは 犬たちはほかの犬や人とのコミュニケーションにおいて視覚的・身体的なサインであるボディラン...
自分の前足や身体を舐める/搔く
不安やフラストレーションを感じたとき、唐突に自分の体を舐めたり掻いたりする行動も転移行動の一種です。
無関係なものをかじる
木の枝や落ちている小石を突然かじり出して、拾い食いに困っている飼い主さんは少なくありません。
もしかすると、緊張状態を和らげるために何かに集中することで気を紛らわせている可能性もあります。
あくびや伸びを繰り返す
あくびや伸びもカーミングシグナルの一種ですが、特定の場面で繰り返し行うときは転移行動としての意味合いをもつ可能性も考えられます。
飼い主ができること
転移行動に気づけるようになると、愛犬の心の動きをより深く理解することができます。
そして、その行動を「問題行動」として抑え込むのではなく「今、何かにストレスを感じているんだな」と、まずはいったん受け止めてあげることが大切です。
行動の直前・直後を観察する
転移行動が出る直前にどんな出来事があったかを振り返ってみましょう。
もし、日常生活において頻繁に遭遇することに対して過剰に反応した結果としての転移行動だとしたら、その状況に慣らすトレーニングをすることが愛犬を安心させることにつながります。

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ストレスの根本を探る
頻繁に転移行動が出るようであれば、その環境や周囲の愛犬に対する接し方に問題がないか再確認してみてください。
ただし、すべてのストレスが悪であり避けなければならないと勘違いしないことが大切です。
ストレスは避ければ避けるほど耐性が減っていき、かえってストレスに弱く精神的に不安定な犬にしてしまいます。

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まとめ:行動の裏にある“心の声”を聞く
転移行動は、一見すると無意味に見える行動かもしれません。
しかしその背後には、犬が自らの心を守ろうとする健気な努力が隠されています。
この行動を理解し尊重することが愛犬との信頼関係を育む大きな一歩になります。
愛犬の出す“サイン”に敏感になり、きちんと心の声に耳を傾けることで、より深い絆を築いていきましょう。
カーミングシグナル全30種
- ゆっくりと歩く(Walking slowly):カーミング・シグナル(1)
- 体を横に反らす(Turning the side):カーミング・シグナル(2)
- カーブを描きながら近づく(Walking in a curve):カーミング・シグナル(3)
- 横を見る(See the side):カーミング・シグナル(4)
- 尻尾を振る(Wagging tail):カーミング・シグナル(5)
- 座る(Sitting down):カーミングシグナル(6)
- どこかに行ってしまう(Go away):カーミング・シグナル(7)
- 前足を上げる(Lifting ones paws):カーミングシグナル(8)
- 鼻を持ち上げる(Nose up):カーミングシグナル(9)
- 2頭のあいだを裂く(Going between, splitting up):カーミング・シグナル(10)
- あくびをする(Yawning):カーミングシグナル(11)
- 体を振る(Shaking off):カーミングシグナル(12)
- 身体を低い位置に落とす(Lower the body):カーミングシグナル(13)
- 遊びの誘い(Going down in play position/ Play Bow):カーミングシグナル(14)
- 子犬のように振る舞う(Like a puppy):カーミングシグナル(15)
- そっぽを向く・頭を動かす(Turning the head):カーミングシグナル(16)
- 口元を後ろへ引く (Lengthen the corner):カーミング・シグナル(17)
- 歯をカチカチと鳴らす(Tang the teeth):カーミング・シグナル(18)
- 口と鼻の周りをなめる(Licking nose):カーミング・シグナル(19)
- 口をパクパクさせる(Gasp the mouth):カーミング・シグナル(20)
- 背中を向ける(Turning the back):カーミング・シグナル(21)
- おしっこをする(Peeing):カーミング・シグナル(22)
- その場所にいないように振る舞う(Acting like nothing happen):カーミング・シグナル(23)
- 静止(Freeze):カーミング・シグナル(24)
- 地面の臭いを嗅ぐ(Sniffing the ground):カーミング・シグナル(25)
- 伏せる(Lying down like the Sphinx):カーミング・シグナル(26)
- 顔の向きを変える(Turn the face around):カーミングシグナル(27)
- 目をそらす(Gaze Aversion):カーミングシグナル(28)
- 笑う(Smiling):カーミングシグナル(29)
- 転移行動(Re-directional behavior):カーミング・シグナル(30)←このページ
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